Mitt lilla kök

北の果て,極少の台所から

親の背を見て子は育つ

子供の頃のある日、

母が嬉しそうに外出から帰って来た。

途中お友達にばったり会ったらしい。

そして衝撃の一言。

「『金のなる木』を頂くことになったのよ」

 

「金のなる木」?!

小学生だった私は、お金がザクザク、

ここ掘れワンワン、の童話の挿し絵や、

億万長者の文字が頭に浮かんだ。

なんだかすごいことが起こる予感!! 

 

ワクワクしながら数日が過ぎた。

 

数日して、

母がお友達から頂いたというものは、

手の平に入る

小さなティッシュペーパーの包みだった。

開けてみると、全長3センチくらいの分厚い葉っぱが2枚入っていた。

 

「これが『金のなる木』なの?」

「そうよ。ちょっと土に挿しておいて

根が出るまで待つのよ」

 

適当な大きさの植木鉢が

見つからなかったので、

母はイチゴの入っていたプラスチックの容器に土を入れ、大事そうにそっとその葉っぱを挿した。

 

子供心にがっかりした。大判小判の欲の深い夢は一瞬で終わってしまったのだ。

 

しばらくして葉っぱからは根が出て、

母は本格的な植木鉢に植え替え、

水をやったり、肥料をやったり、

日光浴をさせたり。

小さな葉っぱはどんどん育って1年も経てば大きな幹になった。

 

マンション暮らしの

ベランダ園芸の時代から、

毎年夏になると母は赤い花の苗を買って来て、植木鉢に植え付けた。

花の名前は「テンジクアオイ」。

葉っぱから独特の匂いがして、

花はいい匂いという子供の感覚からは、なぜ母がそんなにそのテンジクアオイを好きなのか理解し難かったが 

とにかく夏が来るとその花が家にあった。

マンションから戸建てに移って、

猫の額ほどの庭が持てて、

ますます母は張り切って

花の世話に勤しんでいた。

そして毎年テンジクアオイは庭にあった。

水やりはもちろん、肥料をやったり、日に当てたり。

花が終わるとまめに花ガラを除去していた。

こうすると新しい花がどんどん咲くから、と言っていた。

 

しばらくしてテンジクアオイはぜラニウムというハイカラな名前があることが判明。

大好きだった「若草物語」の中で、

3女のベスが

お隣りのお金持ちのおじいさんに、

プラマンジェを作って持っていく時にお皿に飾っていた花がぜラニウムだったと記憶しているが曖昧だ。

 

とにかく若草物語の中で

ゼラニウムという花があることを知り、

ぜひ見たいものだと思っていた。

それが我が家のテンジクアオイだったとは。

衝撃でもあり、しかし急にテンジクアオイを可愛いと思うようになった。現金な話だ。

 

ではそれから花や庭仕事に興味を持ったのかといえば、

当時の私はまだまだ若く、

休みになればショッピングや映画など

友達と遊ぶことに勤しんで、

たまに一緒に花屋さんに苗を買いに行くことはあっても、庭仕事には興味がなかった。

 

そして時は過ぎ

私も結婚してどこでどう間違えたか、

自宅とははるか遠くの異国で暮らすことになった。

 

移ってきて初めての夏、

街の広場の市を見に行った。

色々なものが売られているのだが、花の苗も時期的にたくさん売られている。

色とりどりの花のなかに、私は古い友達を発見した。

「テンジクアオイが売ってる!!!」

本当に嬉しかった。

喜んで早速買って、台所の窓に飾った。

 

テンジクアオイは日本名だし誰もわかってくれないのはわかる。

しかし、

ゼラニウムという名前ですら

こちらでは通じないのにはびっくりした。

 

「金のなる木」もこちらでも発見。

買って来て、葉の様子を見ながら

挿し木(葉?!) で増やす。

 

その後もぜラニウムの魅力にはまって、

育て続けている。

誰に習ったわけではない。

でも何となく母が世話をしていたように

肥料をやったり、花ガラを摘ながら

大きくしていくのが楽しい。

 

母もやはりぜラニウムの鉢の世話をしていて、遠く離れていても同じことをして、

いろいろ情報交換する。

そんな時間がとても楽しい。

私も歳をとったものだなと思いながら。



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注) ここではぜラニウムをペラゴニアと呼ぶ。